土仏観世音堂(花巻市)概要: 土仏観世音堂の創建は元禄8年(1695)、大興寺20世全智の尽力により設けられたもので本尊の土仏観音は大興寺を開山した梅山聞本大和尚禅師を救った事から古くから信仰されてきました。
伝承によると梅山禅師が京都で修行してる最中に3人の童子と遭遇、童子達が泥を練って楽しそうに仏像を作っている姿を微笑ましく見つめていると、それを見つけた童子達は梅山禅師に近寄って来て出来上がった土仏像を差し上げ姿を消しました。梅山禅師は白昼夢を見た思いでしたが、手にはしっかりと土仏像があった為、持仏として肌身離さず修行を続けました。
ある日、巡錫で山中に入ると、日も落ちた事から一晩の宿を一軒家に求めました。家の主人は快く迎え入れたものの、実は盗賊だった為、梅山禅師が寝静まった時を見計らい首を打ち落としました。
翌朝、盗賊が眼を覚ますと、五体満足な梅山禅師が現れた為、恐怖に慄き、昨晩の事情を打ち明けると、梅山禅師の胸元から首の切られた土仏像が出てきた事から、きっと、この土仏像が身代わりになったのだろうと悟りました。これを見た盗賊も改心し出家すると梅山禅師の弟子になったと伝えられています。
現在の土仏観世音堂は弘化3年(1846)に南部の名工高橋勘治郎父子(初代・2代)が手懸けたもので桁行2間、梁間2間、1間向拝付、建物の細部には精緻な彫刻が施されています。特に昇降の滝は優秀作とされ屋根の4隅には力士像も彫り込まれています。
土仏観世音堂は江戸時代後期に建てられた御堂建築の遺構で、意匠的にも優れている事から昭和54年(1979)に花巻市指定文化財に指定されています。
土仏観世音堂:上空画像
【 参考:文献等 】
・ 現地案内板-石鳥谷町・石鳥谷町教育委員会
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