繋石 |
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[ 付近地図: 岩手県盛岡市 ]・[ 盛岡市:観光・見所 ] |
繋石(盛岡市)概要: 永承6年(1051)から康平5年(1062)に行われた前九年合戦(陸奥国で土豪とされる安倍貞任が半独立国家を形成し陸奥守だった藤原登任と対立、朝廷からは源頼義・義家などが派遣され鎮圧された。)の際、源義家は安倍貞任の反撃を受けて本陣のある湯ノ館山まで退きました。すると義家は山の麓から白い煙が立ち上がるのを見つけて不思議と思い近くまで行くと滾々と湧き出る温泉を発見しました。そこで、傷ついた愛馬を入湯させるとみるみる傷が治ったことから、義家はじめ傷ついた家臣達が傷を治し見事勝利したと伝えられています。その時、愛馬の綱を繋いだ石が繋石で上部に穴から綱を入れたと思われます。この繋石が繋温泉の名称の由来となっています。
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