盛岡市: 東顕寺

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概要・歴史・観光・見所
東顕寺(盛岡市)概要: 松峰山東顕寺は盛岡市にある曹洞宗の寺院の中で最も古い歴史を持ち、盛岡城が築かれる以前の南北朝時代の至徳元年(1384)に福士五郎政長が開基となり、正法寺岩手県奥州市水沢区黒石)4世古山良空大和尚を招いて開山したのが始まりとされます。当初は他所に境内を構えていましたが、江戸時代初期に盛岡城が築かれ、城下町が整備されると現在地に遷されています。

現在の東顕寺本堂は案内板によると「この寺の本堂は、文化3年(1806)の建立であり入母屋造り本瓦葺屋根、向拝天井の組み物、内部の海海老虹梁や扇垂木など木造建築美が随所にみられる建物である。」とあります。本堂は木造平屋建て、入母屋、本瓦葺き、平入、桁行8間、正面1間唐破風向拝付き、外壁は真壁造り白漆喰仕上げ、腰壁板張り、面積365u、棟梁は大工町出身の戸沢甚助、何度か改修があったようで、本堂前には屋根が本瓦葺き(現在は銅板葺き)だった時の鬼瓦が保存されていて、さらに以前は柾葺きだったそうです。東顕寺本堂は江戸時代後期の寺院本堂建築の遺構として貴重な事から昭和54年(1979)に盛岡市の保存建造物に指定されています。山門は文化4年(1807)に造営されたもので、切妻、桟瓦葺、一間一戸、四脚門。

境内にある餓死亡霊供養塔は盛岡藩で飢饉の犠牲者(天明3年:1783年11月20日〜天明4年:1784年3月8日まで男女490人)の供養の為、文化7年(1810)に東顕寺18世高淳源底大和尚が建立したもので、「文化七庚午四月吉日」の銘があり平成元年(1989)に盛岡市指定有形民俗文化財に指定されています。又、東顕寺には様々な寺宝を有していて、中でも十一面観音菩薩座像(三石神社の本地仏:江戸時代初期、京七条仏師流、寄木造、漆箔仕上げ、像高18cm)と大黒天立像(室町時代作、一木造、素木、像高27cm)は盛岡市指定文化財となっています。盛岡三十三観音霊場第二十五番札所(札所本尊:十一面観世音菩薩・御詠歌:三ツ石の 神に大悲の 跡たれて あらぶる鬼 をしりぞけにけり)。山号:松峰山。宗派:曹洞宗。本尊:釈迦牟尼仏(京都大仏師・駒野丹下定正作)。

東顕寺:写真

東顕寺
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