気仙郡住田町(歴史)概要: 住田町は盛街道、世田米街道、高田街道が交わる交通の要所で、古くから宿場町として発展した町です。盛(大船渡市)や陸前高田から集められた海産物や内陸部からは米などの穀物が集められ市が開かれ、おおいに賑わったと言われています。町並みに店蔵はあまり見られませんが、敷地背後には土蔵が建ち並び当時の繁栄を窺う事が出来ます。特に世田米は火災が多く、火に強い土蔵の建物が採用されたようです。戦国末期には砂金が取れるなど鉱山資源も豊富で栗木鉄山跡では現在でも藩直営の洋式高炉が残っています。明治になると官営となり南部鉄器などの原料としても利用されました。森林資源も豊富で、特に五葉山の桧の皮は当時の火縄銃に必要な火縄となった為、百年以上も藩の御用達となっていました。又、住田町は所謂「気仙大工」と言われる技術者集団の生まれた里としても有名で、満蔵寺の楼門(住田町指定文化財)を始め多くの建物を残していて、現在の住田町の町並みにも大きな影響があったと思われます。
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