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| 長谷寺 |
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| [ 付近地図: 岩手県大船渡市 ]・[ 大船渡市フィールドワーク ]・
[ 岩手県:寺院 ] |
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| 長谷寺概要: 長谷寺の歴史は古く、伝承によれば、大同年間に坂上田村麻呂が東夷東征の際、気仙地方を支配し、「赤顔」と称していた「金犬丸」を討ち取った事によります。金犬丸は首を刎ねられた後、土の中に埋められ、その上に御堂を建て十一面観音を祀ったそうです。天慶9年(938)に石山寺の淳祐学匠を勧請開山し、寺号も龍福山長谷寺と改めますが地頭職であった江刺氏以外は庇護する者も無く時代によって盛衰を繰り返していたようです。寛永2年(1625)に現在地へ移転したことで再興し、宝永2年(1705)に現在の本堂が建立され、享保元年(1716)も同様に観音堂が再建して現在に至っています。平安末期の作と言われる如来坐像と鎌倉時代作と言われる三躯の十一面間菩薩立像が岩手県指定有形文化財で、十一面観音菩薩立像、不動明王立像、聖徳太子立像、如来仏頭部がそれぞれ大船渡市指定有形文化財に指定されています。又、境内には様々な板碑も安置されていて歴史の深さを感じさせます。気仙三十三観音札所第22番。
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