盛岡城

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盛岡城
本丸・二の丸石垣
[ 付近地図: 岩手県盛岡市 ]・[ 盛岡市 ]・ [ 岩手県:城郭 ]
淡路丸 本丸 二の丸石垣 内堀
台所 二の丸石垣 未門 三の丸石垣
天守台 廊下橋 二の丸 車門
盛岡城・観光・歴史・名所
盛岡城概要: 盛岡城鶴ヶ城福島県会津若松市)、小峰城福島県白河市)と並び東北三名城と呼ばれています。特に土塁が多用された東北の城の中では異例ともいえる花崗岩を積み上げた高い石垣を誇り、近世城郭の威容を誇っています。盛岡城の城主南部氏は戦国時代後期、三戸城や九戸城を本拠としていましたが小田原の役に豊臣側に散陣し、その後の「奥州仕置」や「九戸の乱」などに随行した為、津軽三郡は大浦氏の手に落ちますが、その分南三郡を手に入れ、10万石が安堵されます。その為、領土が大きく南側へ移り、九戸城では北側へ偏り過ぎた為、蒲生氏郷や浅野長政の助言もあり居城を盛岡城へ移します。慶長3年(1598)から盛岡城の築城を開始し慶長14年(1609)に第一期工事が完成し、実際完成したのが寛永10年(1633)と言われています。盛岡城は本丸を中心に北側に二の丸、三の丸と配し、東側に淡路丸、南側に腰曲輪、西側に榊山曲輪で取り囲み、北上川と中津川を天然の要害としました。主な施設としては本丸の天守台に三階櫓が築かれ、百足橋や三重の廊下橋などがあったとされ、規模はさほど大きくありませんが様々な工夫があったと思われます。明治維新後、盛岡城は廃城となり様々な建物が取り壊しあるいは移築され、城内の施設はなくなりましたが、元々あった土蔵が再び城内に移築されています。現在の盛岡城は本丸、2の丸を中心に石垣や水堀の一部など保存状態も良く国指定史跡に指定されています。又、盛岡城日本100名城に選定されています。
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