盛岡市: 報恩寺

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報恩寺・観光・歴史・名所
報恩寺(盛岡市)概要: 瑞鳩峰山報恩寺の創建は応永元年(1394)に現在の青森県三戸町に南部家13代南部守行が父親を含む先祖の菩提を弔い、一族の参禅道場の必要性から開基となり、通山長徹を招いて開山したと云われています。寺号は中国南宋の高宗が父徽宗の菩提を弔う為に各地に「報恩光孝禅寺」に由来するもので「報恩寺」が掲げられました。その後、一端廃れますが24代南部晴政の代に再興され南部家より200石の寺領を与えられました。慶長6年(1601)には南部氏の本拠を盛岡城に移した為、報恩寺も城下町の縄張りに組み込まれる形で三戸から移り、南部領内208カ寺の総領(僧録所)となり、大光山聖寿禅寺、大宝山東禅寺、宝珠盛岡山永福寺、雍護山教浄寺と共に盛岡五山の一つに数えられました。戊辰戦争の際には奥羽越列藩同盟に参加した盛岡藩は新政府軍に与した久保田藩に侵攻し敗退した事から、その責任を取って報恩寺の本堂で盛岡藩家老楢山佐渡が切腹、刎首されています。報恩寺本堂は嘉永4年(1851)に改築したもので、本尊は釈迦文殊普賢の三尊は大和(奈良県)中善寺の本尊を譲り受けたもので聖徳太子が彫ったものと伝えられています。羅漢堂(盛岡市指定有形文化財)は享保20年(1735)に建てられた平屋建て、土蔵造りの建物で、屋根が宝形、瓦葺(元々は檜皮葺)となっています。土蔵にしてはかなり大型な建物で腰廻りは「なまこ壁」で外壁上部は鏝で波を表し、正面窓は6角形の形をしているなど意匠的にも凝った建物です。内部には五百羅漢像(盛岡市指定文化財、附:軒札4枚)が納められ、京都の仏師が9人掛かりで4年間費やしたと言われています。山門(楼門)は昭和53年(1978)に建てられた三間一戸、入母屋、桟瓦葺、八脚楼門で、2階の楼閣には花頭窓、高欄が設けられ十一面観音や秋葉三尺坊、倶利伽羅不動が安置されています。中門は盛岡城の城門だったとされ、明治時代に入り盛岡城が廃城になると払い下げが行われ報恩寺の山門として移築されたものと伝えられています。盛岡三十三観音霊場第27番札所(札所本尊:十一面観音・御詠歌:大慈悲の 色も常磐の松坂に いつか御恩の報ひまつらむ)。宗派:曹洞宗。本尊:釈迦如来。
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