| 金ケ崎神社(諏訪神社)概要: 金ケ崎神社の創建は源頼義が前九年合戦の折、戦勝祈願として信州の諏訪大社を勧請したのが始まりとされ、金ケ崎神社は頼義が陣を張った所という伝承も残っています。近世に入ると大町氏の崇敬社となり社禄や社領が認められ、ある意味金ケ崎城の鎮守社的役割をもっていたように思います。境内には金竜寺があり典型的な神仏混交の形式で、明治初頭の神仏分離令が出されるまで別当は修験道である羯摩院が勤めていました。本尊である不動明王は現在でも「お不動さん」として敬称され周囲の信仰の対象になっているようです。天明5年には紀行家の菅江真澄もここに訪れ、境内からの景観の素晴らしい事から「諏訪八景」(金ケ崎神社は当時諏訪神社と称していました。)とし、「釜淵の夜雨」、「片岡の夕照」、「北上川の帰帆」、「三箇尻の落雁」、三五岳の秋月」、「八王子の晴嵐」、「早池峰の暮雪」、「国見山の晩鐘」とそれぞれ歌を詠みました。金ケ崎神社本殿は3間社流造で寛保元年(1741)に建立されたものとされ、金ケ崎町では古建築の1つで貴重な文化遺産だと言えます。
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