平泉町: 義経堂(高館)

建築コンペ作品 奥州街道ひとり旅 岩手県の城下町 みちのく岩手県観光記 楼門建築 農家建築 神社山門 メール 
  岩手県平泉町>義経堂(高館)
 
中尊寺境内案内
 ・ 
 ・ 八幡堂
 ・ 慶堂
 ・ 薬師堂
 ・ 本堂
 ・ 峰薬師堂
 ・ 金色堂(国宝)
 ・ 経蔵
 ・ 天満宮
 ・ 旧覆堂
 ・ 白山神社
 ・ 弁財天堂
 ・ 鐘楼
 ・ 
 ・ 
 ・ 
 ・ 
平泉町周辺案内
 ・ 
 ・ 中尊寺
 ・ 毛越寺
 ・ 無量光院
 ・ 柳之御所
 ・ 観自在王院跡
 ・ 高館
 ・ 卯の花清水
 ・ 弁慶墓
 ・ 達谷窟毘沙門堂
 ・ 厳美渓
 ・ 
 ・ 
 ・ 
 ・ 
 ・ 
 ・ 
 ・ 
 ・ 
 ・ 
スポンサーサイト
    
義経堂(高館)
義経堂(高館)
[ 付近地図: 岩手県西磐井郡平泉町 ]・[ 平泉町フィールドワーク ]・ [ 岩手県:城郭 ]
平泉町観光案内
義経堂(高館)概要: 義経堂(高館)は案内板によると「ここ高館は、義経最期の地として伝えられてきた。藤原秀衡は、兄頼朝に追われ逃げてきた義経を平泉にかくまう。しかし秀衡の死後、頼朝の圧力に耐えかねた4代泰衡は、父の遺命に背いて義経を襲った。文治5年(1189年)4月30日、一代の英雄義経はここに妻子を道連れに自刃した。時に義経31歳。吾妻鏡によると、義経は「衣河館」に滞在していたところを襲われた。今は「判官館」とも呼ばれこの地は、「衣河館」だったのだろうか。ここには、天和3年(1683)伊達綱村の建立した義経堂があり、甲冑姿の義経の像が祀られている。・・・(後略) 平泉町観光協会 」とあります。この場所は衣河館の確証はありませんが、江戸時代には松尾芭蕉が「夏草や 兵(つわもの)どもが 夢の跡」と詠んだ場所とも言われ当時から推定地としてすでに有力視されていたようです。又、義経生存説も残っており、実際自刃したのは杉目太郎行信で、義経は1年も前に平泉を出立し、蝦夷(北海道)へ逃げ延びたとも言われています。岩手県や青森県、北海道には義経伝説を伝える神社や寺院など多く存在し興味深いところではあります。
住宅設計

 


-天気予報コム-

 


岩手県町並み・歴史建築見所ナビ: 
|盛岡市| 盛岡市:渋民| 紫波郡:紫波町| 花巻市| 花巻市:東和町| 奥州市:水沢| 奥州市:江刺| 一関市| 平泉町| 中尊寺| 胆沢郡:金ケ崎町|
|宮古市| 遠野市| 大船渡市| 陸前高田市| 気仙郡:住田町| 古民家住宅| トップ|
 
 
 ※ 相談や質問は大変失礼ですが、メールのみとさせていただきます。 回答によって不都合や不利益をこうむっても当サイトは一切責任を負いません。又、回答を直接的(当サイトの名前を使って)に交渉や請求の手段とすることはご遠慮くださるようお願い申し上げます。 予告なしに追加、書き替えを行いますのでご了承ください。尚、「岩手県フィールドワーク」は「岩手県の歴史」、「奥州街道」、「郷土資料辞典−岩手県」、「日本の城下町−東北(一)」、「観光パンフレット」、「観光地案内板」、「関係HP」、を参考にさせていただいています。