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達谷窟毘沙門堂

[ 達谷窟毘沙門堂 ]・[ 中尊寺 ]

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姫待不動堂概要: 案内板によると「悪路王等は京から攫って来た姫君を窟姫」に閉じ込め、「櫻野」で暫々花見を楽しんだ。逃げようとする姫君を待ち伏せした瀧を人々は「姫待瀧」と呼び、再び逃げ出せぬよう姫君の黒髪を見せしめに切り、その髪を掛けた石を「鬘石」と云う。姫待不動尊は智証大師が達谷西光寺の飛地境内である姫待瀧の本尊として祀ったものを藤原基衡公が再建した。しかし年月を経て堂宇の腐朽が著しい為、寛政元年(1789年)に当地に移された。桂材の一木彫で全国でも希なる大師様不動の大像である。制作年代は平安後期で岩手県有形文化財に指定されている。当地では「火之神様」と呼ばれ、火伏不動尊として信仰される他、眼病を治す御不動尊膝前に祀られる獅子頭は向って右から室町時代、左が江戸時代の作で達谷村の権現舞に使われたものである。」とあります。

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