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達谷窟毘沙門堂

[ 達谷窟毘沙門堂 ]・[ 中尊寺 ]

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達谷窟毘沙門堂概要: 達谷窟毘沙門堂は坂上田村麻呂がアテルイなど蝦夷討伐に勝利した際、毘沙門天への戦勝祈願によるものと感じ、この地に建立したものと伝えられています。その後も、前九年や後三年合戦で源頼義、義家親子が戦勝祈願し寺領を寄進し、藤原三代は堂宇を再建しています。中世に入ると周辺を支配した葛西氏の崇敬社となり手厚く庇護され、近世では伊達藩が毘沙門堂を再建しています。建物は清水寺を模したと言われ舞台のような構成になっていて岸壁側の外壁は無く、壁には岩肌が直接見られます。現在の建物は昭和21年の火災によって焼失後再建されたものですが、当時の雰囲気は十分に感じ取る事は出来ます。

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